NO ART, NO LIFE アートはいつでも君のそばに

心を育てる芸術鑑賞会の企画・制作《ひょうげん教育》のスタッフブログです

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一本の電話

明けましておめでとうございます。

 

1月7日にかかってきた1本の電話についてお話しします。

 

午前11時頃のことでした。

 

「武田高司さんはご在宅でしょうか?」

「はい、私です。」

その声は小さく弱々しく、どこか怯えたような翳りを含んでいました。

聞いているこちらがちょっと不安になるような、「え?誰?何?」と身構えてしまうような、陰気なトーン・・・

 

堺市の…無料で受診できるがん検診についてのご案内で…お電話いたしました。」

「は?」

予想外でした。

もっとネガティブなものを想定していましたので、拍子抜けしてしまったんです。

 

「平成30年度から31年度にかけて…がん検診の自己負担金が無料となっております。…この機会に受診していただけますようご案内しております。……もう受診されましたでしょうか?」

相変わらずのおどおどびくびくしたトーンで彼女は話を続けます。

ただ、「堺市からのがん検診の勧め」でかけてきた電話だという相手の素性が分かったことで、こちらの「嫌な胸騒ぎ」のような疑念はなくなり、私自身はリラックスして応対できるようになっていました。

 

「はい、受けましたよ。大腸ガンの検診だけですけど。」

「そうですか・・・他の検診はいかがされましたか?」

「ああ、事前予約無しで受けられるのが大腸ガンだけだったので、今回はこれでいいやと思い、他のは受けなかったんですけど・・・できれば肺ガンと胃ガンも受けたかったんです。」

「それでしたら…検診を実施している医療機関に…予約のお電話をしていただくだけで受診できますから…是非…この機会に…お受けいただきたいのですが。」

おどおどした声と口調は変わらない、というか、最初より余計にたどたどしくなった感さえある。

私は仕事柄、電話で話す機会が多いですし、鑑賞会やイベントの営業で面識の無い人宛てに電話をかけることもあるので、彼女の業務上の苦労やプレッシャーを察し、なるべく丁寧に明るく応えようと努めていました。

また、話すことに関してはプロ、という自覚もありましたので、相手が話しやすいようにリラックスできるように、傾聴し頷き合いの手を入れ反復もしながら、持てるスキルを総動員して、彼女の声のトーンがもっと明るくなるよう尽くしたんです。

そうです、彼女を「変えたい」とさえ思っていました。

だから思わず言ってしまいました。

「じゃあ受けます。胃ガンと肺ガンの検診を受けます。」

 

「…ありがとうございます…」

蚊の鳴くようなトーンでお礼を言われました。

う〜ん、手ごわい・・・

通常、自分の言っていることが相手に肯定されると、自然と声のトーンって上がるんですよ。振れ幅の小さい人だって多少は変わります。その微細な変化だって、こちらは見逃しません、いや聞き逃しません。それなのに、嗚呼それなのにこのひとったら、こちらがベルベットのような聞き上手っぷりを惜しげもなく開帳しているのに、ちっとも声の調子が変わってくれないんですよお。

 

「もしよろしかったら…このお電話で、受診できる…お近くの医療機関を検索してお伝えすることもできますが…いかがでしょうか?」

ノって来てるんですよ、分かります?内容的に彼女はノってきてるんです。

でもね、すごーく悲しげなトーンが受話器から漂ってくるんですよ。

こちらもちょっとムキになってきましてね、何としてでも彼女を変えてやろうと思ってしまうんです。

 

「是非お願いします!」

喜びと感謝をこれ以上はないくらい声に乗せて、キラキラするくらいの明るい声で言いました。これでどうだ?

「…胃ガン検診はバリウム胃カメラがありますが…どちらがご希望でしょうか?」

ああっ、全然変わってない・・・

 

バリウムで!」

 

コーヒー好きだったら「キリマンで!」って言う感じでしょうか?

バリウムで”って言葉をこんなに爽やかに言い放ったヤツはこれまでにいないだろう!くらいの爽快さで言ってやりましたよ。

「かしこまりました…少々お待ちください・・・(約7秒の間)・・・大変お待たせしました……新金岡駅のお近くですか?」

ああああダメだ!

検索の間に私を7秒待たせたことへの罪悪感と、最寄り駅を事前確認していなかった自分の不手際への反省で、余計にビクビクしてしまっている・・・くくっ、なんて強敵だ。

「最寄り駅は“なかもず”ですが、新金岡でも問題ありません。」

必要最小限の情報を端的に、やさしさと屈託のなさでくるんだミルキーボイスで伝える。

 

「それでしたら…○○医院と××病院が受信可能です……ご住所もお知らせしましょうか?」

何も変わらない。

そういえば、ほとんどの彼女の言葉はこちらへの質問で終わっている。疑問形で終わらせないようなコメントをこちらがすれば、彼女はもっと気持ち良く話せるのではないか?

 

「どちらの病院にも行ったことがありますので、よく分かっています。大丈夫です。

ありがとうございます!」

明るく且つ感謝の気持ちも込めて話したが、ちょっと畳みかけすぎたか?言葉数が多かったか??

 

「とんでもありません…それでは一度お電話をしてから…受診されるよう…お願いします。」

ぐわっ、たどたどしさ50%アップ。こちらの謝意に恐縮してしまったか・・・

もうダメかもしれん・・・私のコミュニケーション・スキルのすべてをつぎ込んでもびくともしない・・・

 

「ご丁寧にありがとうございました。」

短くまとめて今一度感謝の気持ちを、今度はスマートに明朗快活に。

 

「…こちらこそ…お忙しいところお時間をいただき…ありがとうございました…」

何も変わらない・・・変えることができなかった。

 

「失礼いたします…」

電話は切れた。

 

なんだ?この言いようのない敗北感は・・・私は何をしていたのだ?

 

その後、彼女との電話でのやり取りを思い出し、自分の言動のどこがいけなかったのか検証をしました。

こちらの最初の一言にいぶかしさが混じっていたのではないか?

頷きが多すぎて不自然だったのか?

同意が激しすぎた?

うーむ、これといった明快な解答は見つけられませんでした。

出来ることなら、会ってもう一度お話ししたい。

このブログを読んでいらしたら是非ご連絡ください。

私にリベンジの機会を与えてください。

 

というわけで、

本年もどうぞよろしくお願いいたします。